対立と大義
本田由紀【東京大学大学院教育学研究科教授】
NHKの朝ドラ「虎に翼」が注目を集めている。日本初の女性弁護士のひとりであった三淵嘉子さんをモデルとして、戦前の女性が奪われていた諸権利を獲得してゆくためにいかなる苦闘があったかを、細部までよく練られた脚本が描き出している。
6月半ばにストーリーの焦点となっていたのは、家庭裁判所設立の経緯であった。異なる組織であった家事審判所と少年審判所を合併する作業は、背景の違いから難航する。突破口となったのは、児童支援に携わる主人公の弟による、次の言葉だった。「お二方とも、見ている方向は一緒ということですね。僕らも、全国の学生が団結することで支援が広がっています。お二方の所属する組織が団結すれば、より多くの子どもたちを救うことができます。大人の事情があるのだとは思いますが、それを取っ払い、手を取り合えるのは本当に素敵なことです。」その後、合併の作業は急ピッチで進むことになる。
この展開には伏線があり、主人公は元上司から「正論は見栄や詭弁が混じっていてはだめだ。純度が高ければ高いほど威力を発揮する」と言い渡されていた。その「正論」に当たるものが、弟の「子どもを救う」という言葉だったのである。
ところでこのドラマが放映されている2024年6月現在、私の職場である東京大学は、学費値上げ問題で大揺れに揺れている。学生たちは、「次世代への責任」「東大が値上げをすれば他の国立大学や私立大学にも波及する」「学ぶ機会を閉ざすな」という、単なる自己利益をはるかに超えた大義を掲げて反対運動に取り組んでおり、私は彼らに連帯している。
さて、翻って日本の今の労働者の状況はどうか。賃上げは企業規模によりムラがあり、長時間労働は捗々しく是正されず、男女間の賃金やキャリアの格差も甚だしい。「全ての労働者を救う」という大義を掲げ、対立を超えて労働運動と政治運動に取り組んでくれる組織は日本に存在するだろうか? むしろ経営者側やそれと癒着した政権にすり寄り、組織間の分断にいそしむ存在が目につかないか? 日本の労働者の惨状を打開する大義のもとに対立の歴史が超えられるのか、きわめて心許ない状況にある。嘆かわしいことである。
(生活経済政策2024年7月号掲載)