減税でなく「課税正義」を
大沢真理【東京大学名誉教授】
国際通貨基金(IMF)によれば、日本の政府総債務残高の対GDP比は、2020年に256.2%、2021年には256.5%と推計されている(2021年4月)。政府総債務残高の対GDP比を諸国とくらべると、2020年の日本は世界189か国中の第3位である。日本は2018年には断然1位、2019年にも1位だったが、ベネズエラとスーダンが急上昇して(とくにベネズエラ)、3位となった。同年に、G7(主要7か国)の他の国でも急上昇したものの、水準は100%から150%のあいだにあり、日本の政府債務残高の大きさは一貫して群を抜いている。
累積赤字にほとんど押しつぶされた財政にたいしては、支出を絞れ(「財政規律」)という声が絶えない。しかも、好不況を問わず「減税」、つまり一層の歳入削減を唱える論者が、政治家を含めて少なくない。実際にも1980年代末から高所得者と法人にたいする減税が繰り返され、財政赤字を増加させてきた。同時に社会保険料負担は着々と上昇してきたが、その軽減を求める声は、減税論に比してケタ違いにか細い。
だが、安倍政権下の税制調査会ですら2015年の論点整理で次のように述べていた。すなわち、1994年の税制改革以来20年のあいだに、「個人所得課税・社会保険料を合わせた実効負担率は、低所得層において増加する一方、高所得層において低下している」、と。低所得者を踏みつけて金持ちを優遇する財政が作られたのだ。
社会保険料は雇用者について、ある限度以上の収入には課されないために、高収入者にとって総収入に対する負担率が低い(逆進的)。他方で、基礎年金第1号被保険者の保険料は定額、国民健康保険の保険料にも定額部分があり、いずれも低収入者にとって重い(逆進的)。着々と上昇してきた社会保険料負担の逆進性は、消費税負担の逆進性よりもはるかに低所得者に厳しい。さほど逆進的でない消費税の税率を引き下げても、支出が多い高所得者にとってむしろ有利となる。
日本の税・社会保障では、社会保険料負担が低所得者の貧困を深め、小企業の財務を危うくするといった「課税不正義」の事態が続くもとで、政府の累積赤字が増え続けている。いい加減で減税論になびくのはやめよう。高所得者に応分の負担を求める「課税正義」こそが、財政赤字も改善するのである。
(生活経済政策2021年5月号掲載)