首相、「対話」がお嫌いなのですか?
浅倉むつ子【早稲田大学名誉教授】
10月1日、菅首相は、日本学術会議の会員候補者105名のうち6名の任命を理由なく拒否した。自分には「任命権」がある、「総合的・俯瞰的観点」からだ、と繰り返すばかり。その後、99名の名簿しかみていないと言いだした。杉田和博官房副長官が6人を外したらしい。首相の指示でないなら、首相がいう「任命権」を侵害したはずだが、その責任は問われないのか。どうにも筋が通らない。
学術会議の独立性・自律性は、長い間、尊重されてきた。日本学術会議法は、「優れた研究又は業績」がある科学者から、学術会議が会員候補者を推薦し(17条)、その推薦に基づいて、総理大臣が任命する(7条2項)とある。推薦された人を理由もなく拒否するのは、明らかに違法だ。
違法を「強行」したのだから、国民は反発している。多くの学会・大学・市民団体が抗議声明を出し、任命拒否の撤回を求める署名も2週間で14万筆以上集まった。海外の学会も注目している。しかし、「対話」と「説明」を嫌う政権は、まったく無言。与党議員が流すフェイクニュースを拡散するメディアもある。学問の自由への公然たる侵害に、暗澹たる気分が広がっている。コロナ禍もあり、国民のストレスは高まるばかりだ。
一方、淀む空気を一掃したのは、法政大学総長・田中優子さんの「総長メッセージ」だ。頼もしい圧巻の文章で、これを読めただけで得をした気分になった。言葉のない政権との対比が、際立っている。
また、ここでお名前を出すのは恐縮だが、拒否されたお一人、加藤陽子さんの『それでも、日本人は「戦争」を選んだ』(朝日出版社、2009年)は、まぎれもなく私の一押しの書物である。初めて読んだとき、「こんなに近現代史は面白いのか!」と、衝撃を受けた。『戦争まで』(朝日出版社、2016年)が出たときも、わくわくしながらすぐに読んだ。一生のうちに1冊でよいから私もこんな本を書きたい、と思ったが、とうてい夢物語である。なぜ面白いのか。加藤さんの絶妙な問いが若者たちの知的好奇心を刺激して、相互の「対話」から立体的な深い学びが生まれる。そのプロセスが見事なのだ。こういう質の高い教育にふれた若者たちが作る未来は、とても輝いてみえる。
もしかしたら、菅首相と周辺の方々はこういう「対話」がお嫌いなのでしょうか?なんと、もったいない!
(生活経済政策2020年11月号掲載)