中・東欧諸国の過疎化
木村陽子【元自治体国際化協会理事長】
「百万人が国を出て行きました」と現地ガイドは言った。今年1月ブルガリアでの話である。ブルガリアは世界で最も人口が減少し、また減少すると予測されている。1989年に900万人であったが現在は700万人と、日本の過疎化の定義にあてはまるほどの人口減少である。歴史、文化、伝統を持つ主権国家の話であるだけに、ことはより深刻である。
人口減少の理由は、他のEU諸国など国外への人口流出と出生率の低下(2019年現在合計特殊出生率は1.56)である。特に、高等教育を受けた若者、医師、IT技術者などの国外流出が大きな問題となっている。ブルガリアだけではなく、バルト3国やポーランドなど中・東欧諸国に共通する悩みだ。
人気の流出先は、ドイツや北欧である。今年2月1日のギリスのEU離脱後、EUにおける発言力と存在感をますます強めるドイツは、日本同様出生率の低下に悩みつつ、国外の労働力を積極的に受け入れている。東欧などの若い労働力を吸引している国である。
2000年前後に、EU既存加盟国との所得格差がありすぎる中・東欧諸国のEU加盟が持ち上がった時、EU諸国の人の移動について激論があった。その時、ドイツは中・東欧諸国からの低賃金の労働力が急速に流入することを警戒し、労働者の移動を制限することを提案していた。20年たってさまがわりである。ドイツこそが恩恵にあずかっている。
「人口が移動しても、その地域の賃金が低いことで投資が生じ、やがて人手不足に陥り、賃金が上がり、人がその地域に戻ってくる」という均衡論はナイーブすぎると考えざるを得ない。というのは、当初想定したようには、製造業への投資が生じていないのだ。中・東欧諸国も手をこまねいているわけではなく海外からの誘客にも力をいれている。しかし、インフラの整備は途上であり、道路はもちろんのこと、たとえば団体観光客を受け入れるトイレも足りない。
EUが形成された最大の目的は欧州に平和と安定をもたらすというのである。しかし、ドイツが栄え、中・東欧諸国が過疎化し、仕送り国家になりかねない政策の行く末は、やがて安全保障にも響いてくるのではないだろうか。
(生活経済政策2020年3月号掲載)