豊かさの鍵はどこにあるのか?
高橋伸彰【立命館大学教授】
戦後、人々は成長を続け所得が増えれば欧米並みの豊かさを享受できると信じ働き続けてきた。しかし、1980年代後半に一人あたりGDPがアメリカを追い抜いても豊かさは逃げ水のように遠ざかるばかりだった。その原因をめぐりバブルの時代には豊かさを阻む「犯人」探しが盛んに行われたが、私は得心できなかった。それは、すべての犯人(原因)が逮捕(解決)されても、なお豊かさは実現できないと思われたからだ。
労働経済学者の石川経夫は、4半世紀以上も前に連載したコラム(「やさしい経済教室」『日本経済新聞』1992年7月25日~31日掲載)で豊かさの鍵は「労働生活自体の満足」にあると述べた。豊かさを実現するためには日本の労働市場を、会社への忠誠心が貢献の指標となる企業内部型から、特定の会社に縛られない技能や専門的な知識を備えた自由な職業人を中心とする職能型へ変えていく必要があると指摘したのだ。
豊かさの源泉を消費生活ではなく労働生活に見いだそうとした石川の視点は、現在でも新鮮で刺激的だ。一人ひとりの労働者は自由な意思と能力を持ち、独立した人格を備える人間である。経済合理人ではない自然人の人間には必要以上の商品に囲まれた消費生活よりも、自らの能力を自律的に発揮できる労働生活のほうがはるかに重要なはずだ。そのために、石川は出身校や所属する組織の「権威」を借りなければ仕事ができない「ブランド」重視の労働市場ではなく、どの組織でも通用する技能や専門知識を備えた自由な職業人の育成と、その流動化を図る職能重視の労働市場を社会的共通資本として育成・管理することが重要だと唱えた。
長時間労働を是正したり労働の流動性を高めたりするだけでは、日々の仕事を通じた社会的な連帯や信頼は醸成されず、公正で健全な経済社会も成立しない。いわんや、真の豊かさなど実現できない。そう考えると「働き方改革」の原点は一人ひとりの労働を社会が評価し、その労働に人々が満足することにある。そうでなければ、独裁的な安倍晋三政権の下で使用者にとって都合良く、労働者にとっては不都合な「改革」という名の「改悪」がまかり通ってしまうのである。
(生活経済政策2018年4月号掲載)