番号と情報は不可分
宮島 洋(早稲田大学教授)
まず、給与所得98.8%、自営業所得42.9%、農家所得28.0%という数値を挙げさせていただきたい。これはアメリカ連邦所得税の税額把握率(納付すべき税額に対する実際の納付税額の割合)である。アメリカの内国歳入庁は申告書の検査を基に納税遵守の実態を定期的に調査しており、前述の数値が最近ではもっとも詳しい2001課税年の調査結果である。所得把握率とは概念が若干異なるが、給与所得と事業所得との税額把握率の格差の大きさはまことに明瞭である。
内国歳入庁の説明によれば、給与所得の極めて高い把握率は「十分な情報報告と源泉徴収」が義務づけられているからであり、逆に、事業所得の極めて低い把握率は「情報報告」さえも殆どあるいは全く義務づけられていないからである。この「情報」が納税者番号を付して税務当局に提出する課税情報(支払調書や源泉徴収票)である。
周知のように、アメリカでは社会保障番号を納税者番号に用い、給与、資産所得、年金等の課税情報の提出を支払者に義務づけているが、事業取引(売上・仕入)には義務づけていない。一般に大量・多種多様・頻繁な事業取引に一回ごとの課税情報の提出を義務づけるのは実際には困難だからであり、何らかの納税者番号を採用している諸外国でも事情は同じである。また、小売販売では課税情報の提出義務を負う支払者が実は消費者であることを考えればよい。
わが国での納税者番号論議には誤解や思い込みが多いように思える。納税者番号は課税情報の集計(名寄せ)、そして、支払者と受領者の課税情報の照合を電算機で行うためのキー数字に過ぎないにもかかわらず、あたかもそれだけで所得の正確な把握ができると理解されているようである。むしろ、重要なのは集計・照合の対象となる課税情報の提出義務であって、前述のように、提出の義務づけがもともと困難な自営業などの事業所得の正確な把握には、課税情報の欠如から、納税者番号はそもそも役立たないのである。
税制改革にせよ、社会保障制度改革にせよ、こうした「番号制」の役割と限界をきちんと踏まえて議論されるよう望みたい。
(生活経済政策2010年10月号掲載)