経済の民主主義的制御
福留久大(九州大学名誉教授)
英国労働党のブレア政権樹立後、1998年の白書で英国政府の新交通政策が表明された。日本でも、自動車の抑制、公共交通の活性化を目指す基本方針は紹介された。2005年夏、ロンドンで交通省を訪問した折りに、改めてこの白書を読み返した。原書と訳書の書名。A New Deal for Transport: Better for Everyone - The Government's White Paper on the Future of Transport, July 1998; 運輸省運輸政策局訳『英国における新交通政策』(1999年、運輸政策研究機構)。注目点は、自動車交通の加害面を力説する所。とりわけ、“But the way we are using our cars has a price - for our health, for the economy, for the environment.”と、健康への加害を、経済や環境への負の効果より重視する所。日本では自動車会社に気兼ねして書けない次のような文章もある。「常識的見解と逆に、自動車の中の空気は、路上の歩行者の空気より汚染されており、運転者や同乗者は汚染にまみれている」。その結果、「英国の成人の最大の死亡原因は、冠状動脈の心臓病である。その一因は、徒歩や自転車で行けるときでも、余りに自動車に頼りすぎることにある」。
健康のため、経済のため、環境のため、クルマを降りてバスに乗る試みが、全国の自治体で推進されるなかで、先端的社会実験というべきが、2003年2月にロンドン中心街に導入された Congestion Charge(渋滞料金)制度。旗振り役は、旧労働党左派のリビングストン市長。バス・タクシー・自動二輪・自転車は対象外。特別登録した区域内居住者は90%減額、身障者や環境適応車は100%減額。その他の一般車は、月曜から金曜まで、7時から18時30分までに渋滞料金区域に入った場合、当日22時までに5ポンド(1030円)を支払う。2004年7月から8ポンドに引き上げ。渋滞緩和で区域内への到達時間は制度前比30%短縮、04年度の徴収料金9000万ポンドは、路線バスの増発、歩道・通学路・自転車道の整備に充当された。
日本では、マイカー増加が野放しで、公共交通の衰退に歯止めが掛からない。交通分野でも経済の民主主義的制御に、英国並みの努力が必要ではないだろうか。
(生活経済政策2007年12月号掲載)